私が嫁いで来た和菓子店は
大店(おおだな)で、それなりに従業員もおり
大家族とも云える。
嫁いで来たときには義姉は
まだ独身でこの家にて日々の忙しさで
婚姻が遅くなって居ると、家の者が皆、云って居た。
それでも何処か伸び伸びとして居た義姉だったが
この度、老舗呉服店へ御輿入れが決まった。
バタバタと家の中が忙しいなか、
喜びよりも虚無感のほうが何故か勝った。
そんなに親しくして居た訳でも無いのだけれど。
今日は義姉は御挨拶周りだ。
「はつさん、ちょいと朱鷺子さんを
見て来ておくれな。もう時間も迫っておるし」
義母様に云われて義姉の部屋へと急ぐ。
「朱鷺子姉さん。
失礼します。御仕度整いまして?」
「ああ、はつちゃん。入って入って」
義姉に促されて部屋へ入ると、かすかな白粉の
香りがして私は頭が痺れるようだった。
今日の御召し物は渋い色味の色合わせが
逆に義姉の色の白さを引き立たせる出で立ちで
仕上げに義姉は手首に「ミツコ」を置いて居るところだった。
「ねえ、はつちゃん。
帯留め、どっちがいいと思う?」
「・・・え。あ・・・御義姉さんが今日、
御召しになってる御着物でしたら、どちらでも素敵ですよ」
「はつちゃんに選んでほしいの。私どっちがいいかな」
べっ甲の椿の帯留めと
柔らかな乳白色の貝殻の帯留め。
「それでしたら・・・今日の御召し物でしたらそうですね、
こちらのほうが宜しいでしょうかね」
甘くてやわらかい義姉の笑い声がする。
「じゃあ、こっちの帯留め、はつちゃん貰ってくれる?」
「はい?そんな、困りますっ、こんな高価なものを私、」
目の前に義姉の優しい目しか見え無い。
柔らかく優しい仕草で、私の手のひらに日光で反射して
きらきらとする帯留めを乗せて慎ましく包み込む。
「この帯留めは
はつちゃんに渡したかったのよ。
私の目に狂いは無かった。・・・御願い。
私だと思って」
何だろう。
今、この胸に広がるあたたかくて苦しい気持ちは・・・。
ぼうっとして居ると
すたすたと廊下を歩く義母様の御声がする。
「朱鷺子さん。御準備は出来て?
そろそろ参りますよ」
「ええ。御母様、今そちらに行きます」
義姉は「きゅっ」と唇を引き締めて私に笑い掛けたのち、
何事も無かったかのように部屋をあとにした。
部屋に独り取り残された私は
何故か涙がこぼれた。
●永遠の前の日
浄瑠璃文楽の話をしてて和モノが
書きたくなって衝動的に。
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- 2014/10/31(金) 07:48:52|
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